ROIC経営とは?東証要請を踏まえた資本効率改善と企業価値向上の実践ポイント
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東証による「資本コストや株価を意識した経営の要請」を機に、上場企業を中心にROIC(投下資本利益率)を軸とした経営管理が定着しつつあります。
ROICの改善を図るうえでは、利益を伸ばすだけでなく、保有する資産を有効活用し、投下資本を適正化していく視点も重要です。なかでも、企業が保有する不動産の売却や有効活用などを検討するCRE戦略は、資本効率の向上につながる施策の一つです。事業戦略と不動産戦略を連動させることで、経営資源の効率的な配分にもつながります。
この記事では、経営企画・財務担当者向けに、ROICの基礎・重要性から、導入・運用のポイント、投下資本の適正化につながるCRE戦略との接点まで解説します。
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ざっくり要約!
- 東証による資本コストや株価を意識した経営の要請を背景に、事業ごとの収益力と資本効率を把握し、投資判断に活用する指標としてROICが注目されている。
- ROICをWACC(加重平均資本コスト)と比較することで、事業が資本コストを上回る利益を生み出しているかを確認し、追加投資や収益性改善、事業の見直しを検討できる。
- 遊休地や収益性の低い不動産の売却・活用方法を見直し、得られた資金を成長分野への投資や有利子負債の返済などに充てることが、資本効率の改善につながる選択肢となる。
目次
1. ROIC経営とは?
ROIC経営とは、ROIC(投下資本利益率)を中核指標に据え、継続や撤退の判断など事業ポートフォリオの再編や設備投資の優先順位付けを行う経営管理手法です。
売上高や営業利益といった規模を示す数値だけでなく、調達した資本に対してどれだけ効率よくリターンを生み出しているかに着目する点が特徴です。
近年、東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営」の要請などを背景に、上場企業を中心に導入が急速に進んでいます。混同されやすいROEとの違いや具体的な関係性を含め、まずはその基本構造から見ていきます。
1.1. 資本コストを意識した経営が求められる背景
ROIC経営が注目される背景の一つに、企業に対して資本コストや資本収益性を意識した経営が求められるようになったことがあります。
東京証券取引所は2023年3月、プライム市場・スタンダード市場の全上場会社を対象に、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しました。一般に「PBR1倍割れ改善要請」と呼ばれており、企業に対し、自社の資本コストや資本収益性、市場からの評価を把握・分析したうえで、改善に向けた計画を策定・開示し、継続的に取り組むことを求めています。
背景には、PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回るなど、資本収益性や市場からの評価に課題を抱える企業が多かったことがあります。PBR1倍割れとは、企業の時価総額が帳簿上の純資産を下回っている状態です。
こうした状況を改善するには、利益の絶対額だけでなく、投資された資本をどれだけ効率的に活用し、収益につなげているかを確認することが重要です。なお、東証の要請は、PBR1倍割れの企業に限ったものではありません。
また、市場再編に伴う上場維持基準の経過措置は、2025年3月1日以後に到来する判定基準日から順次終了し、本来の基準が適用されています。こうした動きも、上場企業が株価や時価総額を意識した経営に取り組む背景となっています。
こうした動きのなか、資本の活用状況を把握し、具体的な改善につなげる指標として注目されているのがROICです。
関連記事:PBR改善のための不動産戦略|含み益を活かして「保有」から「活用」へシフトする出口戦略とは
1.2. ROIC経営がなぜ重要なのか(WACC・ROEとの関係)
ROICは、全社の財務指標であるROEとは異なり、事業ごとの資本効率を可視化できる指標です。
ROICが重視される理由は主に以下の2点です。
① 資本コスト(WACC)との比較で企業価値向上への貢献を評価できる
ROIC経営では、資金調達に伴うコストを示すWACC(加重平均資本コスト)との比較が重要です。両者の差は「ROICスプレッド(ROIC - WACC)」と呼ばれます。
ROICがWACCを上回っていれば、事業に投じた資本が、資本コストを超える利益を生み出していると評価できます。一方、下回っている場合は、収益性や資本効率の改善が課題となります。事業の成長性なども踏まえ、追加投資や事業の見直しを検討する判断材料となります。
なお、WACCは、負債と株主資本それぞれの調達コストを、資本構成の比率で加重平均したものです。事業に投下した資本に対して最低限求められる収益率の目安となりますが、算出に用いる前提によって数値が変わる点には注意が必要です。
② ROEでは見えにくい事業本来の資本効率を把握できる
ROE(自己資本利益率)は、自己資本に対する当期純利益の割合を示す指標です。ROEは、事業の収益性に加えて、借入と自己資本の構成や自社株買いなどの資本政策によっても変動します。このため、数値の上下を見ただけでは、どの要因がどの程度影響しているのかを切り分けにくく、本業の収益力との関係も読み取りにくくなります。
一方、ROICは借入も含めた投下資本全体をもとに評価するため、財務レバレッジの影響を受けにくく、事業の収益力や資本効率を把握しやすい指標です。同じ利益を生み出す場合でも、設備や在庫などへの投資を適正化し、より少ない投下資本で事業を運営できれば、ROICは高くなります。
ROICの目標水準は業種や事業の特性、資本コストによって異なります。一律の数値だけで判断せず、自社や各事業のWACCを継続的に上回っているかを確認することが重要です。
事業ごとの収益力と資本効率を可視化し、現場と経営が共通の指標で改善に取り組める点に、ROIC経営の意義があります。
1.3. ROICの計算式と指標の判断基準
ROICは、事業に投じた資本に対して、どれだけの税引後営業利益を生み出したかを示す指標です。以下の計算式で算出します。
分母となる「投下資本」は、貸借対照表(B/S)の調達面と運用面から把握できます。代表的な捉え方は、以下のとおりです。
- 調達面:有利子負債 + 株主資本
- 運用面:運転資本(売上債権 + 棚卸資産 - 仕入債務) + 事業に使用する固定資産
なお、投下資本の算定範囲は企業や分析の目的によって異なり、余剰現預金や事業に使用していない資産などを調整する場合があります。
たとえば、同額の税引後営業利益を上げている2つの事業部門を比較すると、設備や在庫などへの投下資本が少ない事業のほうが、ROICは高くなります。このため、利益の拡大だけでなく、設備の稼働率向上や在庫の適正化も、ROICの改善につながります。
実務上は、ROICの水準だけでなく、事業の成長性や将来の収益見通しなども踏まえ、追加投資や事業の継続・縮小・撤退を検討することが重要です。
2. ROIC経営の導入・運用のプロセス
ROIC経営を組織に定着させ、実効性のある経営管理につなげるプロセスは、大きく3つのステップに分かれます。
2.1. ステップ1:事業セグメント別の「見える化」
全社合算の数値だけでは、各事業の収益力や資本効率の違いを把握しにくくなります。
まずは、事業別や地域別など、継続的に管理可能な単位を設定し、投下資本の範囲と配賦ルールを定め、ROIC・売上高利益率・投下資本回転率を可視化します。
2.2. ステップ2:事業ポートフォリオの評価基準の設定
可視化した数値をもとに、各事業に対する「積極投資」「収益性改善」「縮小・撤退」などの判断基準を定めます。
たとえば、ROICが現在または中長期的にWACCを上回る見込みがあるか、事業の成長性や市場環境はどうかといった観点から評価します。
短期的な数値改善だけを重視すると、将来の成長に必要な研究開発や設備投資まで削減してしまう可能性があります。事業の成長性や投資回収までの期間も踏まえ、評価基準を設定することが重要です。
2.3. ステップ3:「ROICツリー」による現場アクションへの分解・定着
全社や事業部の目標を、現場の日々の業務に結び付けるために活用されるのがROICツリーです。ROICを「売上高利益率(P/L)」と「投下資本回転率(B/S)」に分解し、さらに現場が直接動かせるKPI(在庫削減、リードタイム短縮、設備の稼働率、売掛金の早期回収など)へ細分化します。
各KPIについて目標や担当部門を明確にし、部門目標や評価制度と連動させます。定期的に進捗を確認し、改善策を見直すことで、ROICを継続的な経営管理に活用できます。
3. ROIC経営のメリットと注意点
ROIC経営を取り入れることで、事業ごとの資本効率を数値で把握し、経営資源の配分や現場の業務改善に活用できます。一方で、数値を重視しすぎると、中長期的な成長に必要な投資を抑制してしまう可能性もあるため、運用には注意が必要です。
3.1. ROIC経営のメリット
ROIC経営のメリットは、事業ごとの収益性や資本効率が可視化され、資源配分や投資判断をより適切に行いやすくなる点です。
これまで過去の経緯や各部門の意向などに左右されがちだった投資判断に、ROICという共通の指標を取り入れることで、事業ごとの資本効率を数値で比較できます。勘や経験だけに頼らず、全社レベルでの資源配分を客観的に検討しやすくなるでしょう。
また、ROICツリーを通じて現場KPIと連動させることで、経営目標を現場の具体的な行動につなげやすくなる点もメリットです。
事業部門のリーダーは、売上や利益の規模だけでなく、投下した資本に見合うリターンが得られているかを意識するようになります。たとえば、過剰在庫の適正化や売掛金の早期回収、設備の遊休化防止など、資本効率を意識した取り組みを現場レベルで進めることにつながります。
3.2. ROIC経営の注意点
一方で、ROICの数値を重視しすぎると、企業の中長期的な成長に影響する可能性があります。
目先のROIC向上を優先するあまり、必要な設備投資を見送ったり、研究開発費を削減したりすれば、将来の競争力を低下させるおそれがあります。そのため、中長期的な成長に必要な投資については、短期的なROICだけで判断せず、将来の収益や成長への効果も含めて評価する必要があります。
また、事業別ROICを評価する際は、分母となる投下資本の範囲をどう線引きするかも重要です。たとえば、本社が一元管理する政策保有株式や遊休不動産などを、合理的な配賦ルールを設けずに事業部門の投下資本へ含めると、各事業の収益性や資本効率を適切に把握しにくくなります。
そのため、事業部門が管理・活用し、改善の責任を負う資産と、本社が管理する資産を切り分けたうえで、毎期同じ基準で比較できる算定ルールを定めておくことが重要です。
4. ROIC経営の成功事例
日本企業においてROIC経営を長期的な企業価値向上へと結びつけている先進企業には、運用面において明確な共通点があります。それは、ROICを「単に計算して開示する財務データ」で終わらせず、経営の意思決定と現場のアクションに徹底して組み込んでいる点です。
以下では、代表的な2つのアプローチを紹介します。
①大手精密機器メーカーの事例
ある大手精密機器メーカーでは、ROICを頂点とする「ROICツリー」を全社に導入し、事業セグメントごとの目標を工場の稼働率、良品率、在庫回転日数といった現場のオペレーション指標にまで徹底して因数分解しました。
最大の強みは、経営陣が掲げる資本効率の目標と、工場や営業の担当者が追う日々の改善目標を同一の体系で接続した点です。単に数値を割り振るだけでなく、現場との対話の場や改善活動の共有を10年以上にわたり継続したことで、資本効率を意識する組織風土を根付かせることに成功しました。
②大手電機メーカーの事例
事業再生と高収益化を果たしたある大手電機メーカーでは、中期経営計画の中核指標にROICを据え、グループ全体の投資規律として機能させました。
資本コストを下回る低ROIC事業に対しては、再建期限を設けたうえで事業売却やカーブアウトを断行し、そこで創出した資金を高ROICが期待できる中核成長分野へ集中投下しました。社内政治に左右されがちな「撤退と投資」の判断に、客観的なモノサシを厳格に適用し続けたことが、抜本的な事業構造改革と企業価値向上の両立をもたらしました。
これらの事例は、ROICを現場の改善活動や経営層の投資・撤退判断に結び付け、継続的に運用することの重要性を示しています。
5. 投下資本の適正化と不動産・CRE戦略
ROICの分母となる投下資本には、在庫や設備、政策保有株式など、さまざまな資産が含まれます。その中で、不動産を多く抱える企業にとっては、遊休不動産や低稼働拠点といったノンコア資産の扱いが、ROIC改善に向けた重要な論点となります。
分子である本業利益の引き上げには一定の時間がかかりますが、分母である投下資本の適正化は、意思決定次第で、比較的短期間で効果が表れやすい面があります。非事業用資産を売却・流動化して得たキャッシュを成長事業への再投資や有利子負債の圧縮、株主還元へと再配分できれば、全社の資本効率の改善につながります。
不動産の最適化手法は、単純売却だけにとどまりません。不動産を資金化しつつ拠点の利用を継続するセール&リースバック、自社で開発リスクを負わずに地代収入を得る事業用定期借地による土地活用、あるいは用途転換や再開発など、多彩な選択肢が存在します。
ただし、新リース会計基準の適用後は、借手のリースについて原則として使用権資産とリース負債を貸借対照表に計上するため、セール&リースバックについても会計上の影響を踏まえた取引設計が必要です。ROICへの効果は取引条件や調達資金の使途によって異なりますが、拠点の利用を継続しながら資金を確保し、成長投資などへ振り向ける手段として活用できます。
自社の事業計画や求めるキャッシュ化のスピード、会計上の影響を総合的に見極めたスキーム選択が求められます。
とりわけ、取得から長期間が経過し、時価が簿価を大きく上回る不動産を保有する企業では、CRE戦略によって多額の資金を確保できる可能性があります。収益性の低い不動産を売却し、得られた資金を成長分野への投資などに活用することは、資本効率の改善を図る選択肢の一つとなります。
全国に点在する複数の遊休地や事業所を一括で売却する方法も含め、保有不動産に投じている資本のコストや事業上の役割を客観的に整理し、売却・活用戦略を検討することが重要です。
保有不動産の売却やポートフォリオの整理を具体的に進めるにあたっては、自社の財務方針や物件特性に応じたスキームの選定が不可欠です。具体的な売却手法や注意点、複数資産を効率的に整理する手法については、以下の記事もあわせてご参照ください。
関連記事:企業不動産買取の注意点|最適な売却戦略で効果的な資産活用を
6. ROIC経営とCRE戦略を通じて企業価値の向上を図る
東証の要請などを背景に注目されるROIC経営は、限られた経営資源をどこに投じるかを客観的に判断するための経営手法です。ROICスプレッドを共通の基準とし、各事業の成長性も踏まえることで、重点的に投資する事業や改善が必要な事業を検討しやすくなります。
ROICを高めるうえでは、本業の利益を伸ばすだけでなく、投下資本の適正化も重要です。遊休不動産や低稼働・低収益な拠点について、売却や活用方法の見直しを進め、得られた資金を成長分野への投資や有利子負債の返済などに充てることは、資本効率の改善につながる選択肢となります。
足元のP/L(損益計算書)上の利益改善にとどまらず、CREの最適化に踏み込むことが、中長期的な企業価値の向上につながるでしょう。
宅地建物取引士
佐藤 賢一 氏
Kenichi Sato
大学卒業後、不動産業界一筋。賃貸仲介・管理から売買仲介まで幅広い実務を経験した後、専門性を深め、プライム企業にて信託関連のオフィスビルや商業施設のAM・PM業務に従事。
現在は注文住宅会社の不動産部門責任者を務めつつ、多様な経験を活かし兼業ライターとしても活動中。不動産の実務から投資・管理戦略まで、多角的な視点に立ったわかりやすい解説を得意としています。
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