CRE戦略とウェルビーイング|人的資本経営を加速する拠点づくりとは
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企業経営における不動産の位置づけが変わりつつあります。かつて不動産は「固定費」としてコストの削減対象でしたが、近年では「企業の成長を支える投資対象」として捉え直す動きが広がっています。
その背景にあるのが、働き方の変化です。ITやDXの進展により、働く場所の制約が相対的に小さくなった今、オフィスに求められる役割は単なる作業スペースにとどまりません。むしろ、そこで働く人の心身の健康や充実感、すなわち「ウェルビーイング」を高め、個人のパフォーマンスや組織の創造性を引き出す場としての機能が重視されています。
また、ウェルビーイングへの投資は、従業員の満足度向上にとどまらず、企業経営上の利益にも直結します。働きやすい環境は優秀な人材の定着につながるため、採用コストの抑制や離職率の低下につながります。人材獲得競争が激化する今日、オフィス環境の質は「コスト」ではなく「経営上の優先投資」として位置づける視点が求められているのです。
この記事では、健康増進にとどまらない広義のウェルビーイングの観点から、これからのCRE戦略の考え方と、人的資本経営を加速させるための実務ポイントを解説します。
なお、この記事では「CRE」という用語を前提に解説を進めます。CREの基本概念や企業経営における位置づけについては、以下の記事をご参照ください。
関連記事:CRE戦略とは?不動産で企業価値を高める中長期的な戦略を詳しく解説
コストから人的資本への投資へ。企業価値を最大化する不動産戦略
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ざっくり要約!
- ウェルビーイングへの投資は、従業員満足にとどまらず経営上の実利に直結する
- 働きやすい環境は離職率の低下と採用力の強化につながり、組織の生産性を高める
- 人材と業績を支えるオフィス環境は「コスト」ではなく「投資」であり、ウェルビーイングは企業や不動産の価値向上にも寄与する
目次
1. CRE戦略の転換:企業不動産の役割は「コスト最適化」から「人的資本への投資」へ
なぜ今、企業においてCRE戦略がこれほどまでに重視されているのでしょうか。その議論の出発点は、不動産が単なる「固定資産」ではなく、経営の根幹を支える戦略的な資源であるという認識への変化にあります。
不確実性が高い現代では、不動産を文字通り「動かない資産」として固定的に保有し続けることが、経営の足かせとなる場合があります。不測の事態に備えてリスクを最小化しつつ、限られたリソースで最大限の効率を追求するには、時代の変化に対応できる「経営の柔軟性」が欠かせません。
例えば、本社機能の集約・分散やサテライトオフィスの活用などの拠点再配置は、企業経営の柔軟性を高める重要な一手です。また、収益貢献がない、または低収益の遊休不動産について、処分や利活用を検討することも押さえておきたいポイントです。
多くの企業にとって、オフィスや施設は長らく「削減すべきコスト」と捉えられがちでした。しかし現在、この考え方は大きく変わりつつあります。不動産を「人的資本への投資」として再定義する動きが加速しているのです。
この動きは、ESG経営の潮流とも深く連動しています。環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)の観点から企業を評価する投資家やステークホルダーにとって、従業員の健康・働きがい・多様性への配慮は「社会(S)」の重要な評価項目です。
不動産・オフィス環境への投資は、人的資本の充実という形でESG評価に直結し、企業価値そのものを左右する経営判断となっています。
この変化を後押しする背景として、以下の3つが挙げられます。
1. 企業の評価軸の変化
社会構造やビジネスモデルの変革に伴い、企業を評価する基準も変わってきました。評価軸は、かつての「規模の拡大」から「持続可能性」や「社会への付加価値」へと広がっています。企業がどのような環境で、どのような価値を生み出しているかが問われる時代です。
2. 投資対効果の視点
資材高騰やエネルギーコストの上昇により、不動産の維持コストは増大しています。重要なのは、単なる「削減」ではなく、投じたコストが従業員の生産性や企業価値にどう還元されるかを捉える「投資対効果」の視点です。
3. 人材獲得競争の激化
生産年齢人口の減少により、労働力不足は深刻化しています。働き方や価値観が多様化する中、企業が従業員や採用候補者にとっての「選ばれる理由」を提示できなければ、人材獲得は難しくなります。
オフィスが提供すべき価値は、リモートワークでは得にくい偶発的な対話・帰属意識の醸成といった「人と人とのつながり」と、集中・リラックス・協働など目的に応じた「場としての柔軟性」の2点に集約されます。この体験価値を提供できる空間づくりこそが、人的資本経営を加速させるCRE戦略の核心です。
2. 「ウェルビーイング」を実現するCRE戦略と具体事例
人的資本経営を加速させるうえで重要なのが「ウェルビーイング」の視点です。以下では、不動産活用を軸としたCRE戦略において、具体的にどのような価値を構築すべきか、そしてどのような事例があるかを解説します。
文部科学省の定義によると、ウェルビーイングは以下の2つの側面を含む概念として整理されています。
- 身体的、精神的、社会的に良い状態にあることを指し、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義などの将来にわたる持続的な幸福を含む概念。
- 多様な個人がそれぞれ幸せや生きがいを感じるとともに、個人を取り巻く場や地域、社会が幸せや豊かさを感じられる良い状態にあることも含む包括的な概念。
こうした考え方が経営戦略の中核に位置づけられるようになった背景には、少子高齢化による労働力不足とコロナ禍を経た働き方の見直しがあります。「いかに人を確保し、力を発揮し続けてもらうか」という問いに企業が正面から向き合うなかで、個人のウェルビーイングは福利厚生の話ではなく、組織全体の創造性や生産性に直結する経営課題として認識されるようになっています。
つまり、企業におけるウェルビーイングとは、働く人それぞれが幸せを感じられ、同時に「働く場所」そのものが豊かさをもたらす状態にあると言い換えられます。
ある民間企業の調査によると、オフィスづくりで重視されるポイントの1位は「人が集まりたくなるオフィス」、2位は「居心地の良いオフィス」でした。
こうしたウェルビーイングの考え方が広がるにつれ、企業のCRE戦略も評価軸を大きく変えつつあります。
従来の考え方では、「コスト削減」や「面積効率」が主な関心事でした。1坪あたり何人座れるかといった数値が優先され、オフィスは機能性重視の作業空間として設計されてきました。
しかし、現在は、働く人の心身の充実度を高め、それを企業価値へとつなげることが重視されています。不動産は単なる作業スペースではなく、多様な個人が力を発揮し、組織の創造性を育む場として捉え直されているのです。
2.1. ウェルビーイングを体現したリノベーション事例
例えば、カフェで仕事をすると思いのほか作業がはかどった、という経験はないでしょうか。適度な喧騒、コーヒーの香り、開放的な空間のような「五感を刺激する環境」が、従来型のオフィスでは得にくかった集中力やアイデアを引き出すことがあります。
既存ビルの改修プロジェクトとして、ウェルビーイングを軸に設計された事例があります。このプロジェクトでは利用者の健康と快適性を評価する国際認証(WELL認証)の最高ランク「プラチナ」を取得しています。
改修の中心となったのが、かつての社員食堂フロアを転用したウェルビーイング専用空間「LOFFT」です。皇居外苑と日比谷公園を望む眺望に恵まれた立地で、自然光と豊富な植栽によって開放的な環境を実現しています。
キッチン・バー・カフェ機能を備えるほか、ガラス張りの個室スペースも設けており、少人数での会食や打ち合わせにも対応しています。また、健康に配慮した食事メニューの提供や予約制リラクゼーションルームの運営など、ソフトサービスも充実させています。
空間全体ではバイオフィリックデザインを採用し、館内各所に本物の樹木やグリーンを配置するとともに、木製什器や樹木の香りを取り入れることで五感を通じた自然体験を設計に組み込んでいます。分煙設備を整えた喫煙室の設置など、多様な従業員ニーズへの配慮も含め、インクルーシブな環境づくりが徹底されています。
こうした取り組みの結果、リーシングは順調に進み、周辺新築ビルと同水準の賃料で満室稼働を達成しています。ウェルビーイングへの投資が不動産としての競争力に直結することを、数字で示した事例といえます。
この事例は、建築費が高騰する環境下でも、ウェルビーイングを意識した改修によって収益性の向上や従業員満足の改善につながり得ることを示唆しています。
既存資産を活かすリノベーションは、単なるコスト抑制の手段ではありません。企業が大切にする価値を空間として具現化し、人材や投資家から支持され続けるための合理的な選択肢なのです。
なお、既存ビルの大規模改修を検討する際には法的確認が必要です。木造以外の建築物で延床面積200㎡超の場合、大規模の修繕・模様替えを行うには建築確認申請が義務付けられています。オフィスビルの改修は多くの場合この条件に該当するため、事前に特定行政庁や指定確認検査機関への確認が不可欠です。
既存資産を活かしながら「選ばれる企業」になるには、CRE戦略と福利厚生の相乗的なアップデートが不可欠です。人材獲得競争を勝ち抜くためのアプローチについては、以下の記事も併せて参考にしてください。
関連記事:福利厚生施設の考え方は変化している?多様化の背景と具体例
3. 人的資本経営を加速するウェルビーイング型CRE戦略|価値創造の構造と投資対効果
ウェルビーイングを軸にしたCRE戦略は、企業価値の向上に寄与し得る、極めて重要な投資の一つです。その理由は、不動産への投資が「人的資本の質」の向上に寄与し、その結果として企業の競争力や不動産の収益性向上につながる好循環を生み出すからです。
少子高齢化により労働力人口が減少する中、優秀な人材の獲得競争は年々激しさを増しています。特に若手世代では、柔軟な働き方やウェルビーイングを重視して企業を選ぶ傾向があります。ウェルビーイングを重視したCRE戦略は、採用・定着や生産性の観点から人的資本の質の向上に寄与し得る手段なのです。
こうした環境は、優秀な人材を惹きつける要素となります。同時に、従業員の定着率が高まることで、企業の知見やノウハウの流出リスクも低減できるでしょう。つまり、ウェルビーイングへの投資は、長期的・安定的な企業成長の基盤を形成する役割を果たすのです。
この人的資本の質の向上は、財務指標に直ちに可視化されにくい「非財務的な価値」ですが、中長期的に企業価値を押し上げる可能性があります。そして、この企業価値の向上こそが、不動産投資家やビルオーナーにとっての「テナント需要の質的変化」をもたらすのです。
人的資本経営に注力する企業にとって、自社のウェルビーイング戦略を推進できるオフィス環境の整備は急務です。民間企業の調査によると、テナント企業が希望するオフィス設備の上位3位は「リラクゼーションスペース」「フードサービス」「屋外スペース」です。これらは単なる快適性向上ではなく、従業員の心身の健康を支え、創造性を高めるための戦略的な設備なのです。
現在のオフィスに空きスペースがあれば、それは人的資本投資を具体化する好機です。リラクゼーションエリアの設置、緑化・植栽の導入、カフェスペースの整備といった改修は、大規模な移転を伴わずとも「人的資本経営を支えるオフィス」への転換を可能にします。
こうした改修は、従業員満足度の向上を通じて離職率の低下や採用競争力の強化につながり得る投資です。実際、就活生を対象にしたあるアンケートによると、9割超が「魅力的なオフィスは志望度に影響する」と回答しており、オフィス環境の整備が中長期的な採用コストの削減に寄与する可能性は十分にあるといえます。
さらに、先進的な事例ではスマートビル技術との組み合わせも進んでいます。民間企業の実証実験では、センサーとアプリを連携させ、従業員に歩行や階段利用を促すメッセージを配信したり、ゲーム感覚で健康行動を楽しめる仕組みを導入したりすることで、従業員の行動変容と健康意識の向上に成功しています。
空気環境の管理もその一つです。センサーによるリアルタイムモニタリングと空調制御を組み合わせたスマートビルは、CO2濃度管理の有効な対応策として注目されています。
建築物環境衛生管理基準では二酸化炭素の含有率は1,000ppm以下と定められていますが、密閉された会議室では短時間でこれを大きく上回ることがあります。大学の実験研究によると、600ppmと比較して3,500ppmの環境では誤入力率が約1.5倍に上昇することが確認されています。
こうしたテクノロジーの活用もあり、ウェルビーイング施策は抽象的な概念ではなく、効果を数値で検証できる経営施策へと進化し続けています。
では、自社の拠点は現時点でどの程度対応できているのでしょうか。WELL v2の評価視点をベースに、5つの観点から現状を点検してみてください。改善の優先順位を考えるうえで、さまざまな気づきを得るきっかけになるかもしれません。
各質問を読み、現在の自社拠点の状況に最も近いものをお選びください。「はい」は2点、「どちらともいえない」は1点、「いいえ」は0点として、5問の合計点を出してみましょう。
- Air:空気環境の管理
会議室や執務エリアのCO2濃度・温湿度を、センサーで常時把握できていますか? - Nourishment:食と水の環境
従業員が健康的な食事・質の高い飲用水に、ビルを出ずにアクセスできますか? - Light & Movement:光と身体活動
自然光の取り込みや緑視率が確保され、階段利用・気分転換を促す動線がありますか? - Mind:こころの回復環境
仕事から離れてリフレッシュできる静養スペースや、植栽・バイオフィリックな空間がありますか? - Community:対話とつながり
部門を超えた偶発的な対話が生まれるラウンジや、従業員が意見を言える仕組みがありますか?
5問の合計点はいくつでしたか?
9〜10点:先進水準
ウェルビーイング環境の整備が高い水準で進んでいます。WELL認証の取得やESG開示・採用訴求への活用など、対外的な発信を検討する段階にあるといえるでしょう。
6〜8点:改善余地あり
一定の基盤はあるものの、まだ改善余地がある状態です。点数の低かった領域を起点に、着手しやすい施策から順に取り組むことで、着実に水準を引き上げることができます。
0〜5点:優先対応が必要
改善に向けた余地が多く残っている状態です。どこから手をつければよいか迷う場合は、専門家への相談が最も確実な近道です。
ウェルビーイング施策によって付加価値が高まったビルには、人的資本経営に注力する質の高いテナント需要が集中します。その結果、空室率の低減や賃料水準の維持・向上、そして不動産としての収益性向上という好循環が生まれます。
ウェルビーイングを重視したCRE戦略は、「快適なオフィスづくり」という表層的な取り組みにとどまりません。優秀な人材の採用・定着コストを削減し、一人ひとりの生産性を高めることで、売上・利益・ROEといった経営指標の改善に寄与する、人的資本経営の中核をなす施策です。
自社の持続的成長を支える基盤として、ウェルビーイングへの投資を戦略的に位置づけることが、これからの企業に求められているのです。そして、それは同時に「人的資本経営を支えるオフィス」を提供できるビルへの需要を生み出し、不動産としての中長期的な資産価値の向上にもつながっていきます。
関連記事:ESG経営と不動産~環境、社会、ガバナンスの観点での経営と不動産の関連性~
4. ウェルビーイングの目線から人的資本経営を支えるCRE戦略へ
スペック・コスト・予算といった「数字の管理」は、経営の健全性を維持するために不可欠な土台です。しかし、人材獲得が難しさを増す現代において、CRE戦略を成功させるには、自社の人的資本の質を高める環境整備へと踏み込む必要があります。
ここで重要なのは、単にウェルビーイングという流行の施策を追うことではありません。
何を優先すべきかは、各社が抱える経営課題や人材戦略によって異なります。そのため、まずは自社が直面している「人材獲得」や「定着」の課題を冷静に分析し、その解決策の一つとして、自社独自のウェルビーイング施策をCRE戦略に組み込むことを検討しましょう。
人的資本の質の向上という経営目標を、不動産施策として具体化する姿勢は、持続可能な企業成長と揺るぎない競争優位の源泉となるでしょう。
宅地建物取引士
佐藤 賢一 氏
Kenichi Sato
大学卒業後、不動産業界一筋。賃貸仲介・管理から売買仲介まで幅広い実務を経験した後、専門性を深め、プライム企業にて信託関連のオフィスビルや商業施設のAM・PM業務に従事。
現在は注文住宅会社の不動産部門責任者を務めつつ、多様な経験を活かし兼業ライターとしても活動中。不動産の実務から投資・管理戦略まで、多角的な視点に立ったわかりやすい解説を得意としています。
東急リバブル ソリューション事業本部では、最新の市場データを独自の視点で分析したレポート「不動産マーケットトレンド」を公開しています。
各方面への調査に基づいた本資料を、今後の不動産取引における判断材料としてぜひご活用ください。
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