採用増へ、社員寮の確保に走る企業
育成の場として注目のシェアハウス型
#採用・福利厚生
2018.09.28
採用増を背景に社員寮の需要が高まっている。どのような住戸を借りるのか、企業側の考え方は多様化。居住者同士の交流を前提とするシェアハウス型を借りて、異なる企業に勤める居住者の間で「もまれて育つ」に期待する企業も出始めている。
東急社宅マネジメント
執行役員 業務推進部長
長谷川 正行 氏
「企業側の需要に見合うだけの供給がソフト面も含め追い付いていない状況です」。東急社宅マネジメント執行役員業務推進部長の長谷川正行氏は、借り上げ社員寮の市場をこうみる。同社では顧客企業の人事・総務部門から借り上げ社宅や社員寮の管理業務の代行を任されている。
長谷川氏によるとここ数年、社員寮の需要は伸びているという。背景には採用増がある。世界同時金融危機や東日本大震災のあおりを受けて手控えていた新卒社員の採用に、企業が再び乗り出してきた。
「採用増によって人員が拡大したことで、社員寮の需要も高まっています。ただ、コストを抑制したいという意向はどの企業も強く、新入社員や単身赴任者の入居を想定した単身者用が中心です」。長谷川氏は指摘する。
シェアハウス型で育成する視野広く、多様な視点の人材
同じ単身者用の社員寮を借り上げるにしても、それによってどのような環境を社員に提供しようとしているのかという企業の取り組み姿勢は、以前に比べ多様化しつつあるという。
「新入社員用の場合、以前は社員寮を1カ所に借りて、そこで集団で生活する環境を提供することで、企業独自の型にはめ込もうとする傾向が強かった。しかし最近は、必ずしもそうとは限りません」
東急住宅リース
運営本部 運営四部
勝どきセンター マネージャー
長沼 宏記 氏
長谷川氏がその一例として挙げるのは、ほかの会社の社員とも交流を図れるシェアハウスのような環境を提供する例だ。「視野の広さや多様な視点を持つ人材を育成したいという思いから、企業がそれに適した社員寮を求める傾向も見られます」。
そうした需要に見合う供給例もすでに登場している。乾汽船が東京・月島に2014年1月に開設したシェアハウス型の社員寮「月島荘」である。都心に近く、主要ビジネスエリアまで公共交通機関で20分とかからない。
地上8階建ての3棟構成で居室数は644。建物全体や各フロアの共用施設を充実させる一方、住戸の水回りはシャワーブースとトイレ・洗面だけのシンプルな造り。1階部分や各フロアの共用部分で食事を共にすることで親睦を深めるという仕掛けだ。
管理を担当する東急住宅リースの勝どきセンターでマネージャーを務める長沼宏記氏は「契約相手は法人限定です。しかも、月島荘が掲げる『挨拶・自主・矜持』という理念を尊重する企業に限っています」と説明する。
さらに一部企業の固定化・独占化を防ぐ狙いから、1企業が借りられる規模に関して、「2フロアごとに5室、最大50室」という制限を課す。
一方で、企業の使い勝手に配慮し契約を2段階に分ける。企業側はオーナーとの間でまず入寮契約を交わし、入居者が居室を利用する段階で利用届け出を提出する、という流れだ。居室の賃貸借関係は利用届け出の提出で発生するため居室の増減に柔軟に対応できる。
採用活動でアピールポイント学生は成長の場として期待
契約社数は約40社に上り、ほぼ満室稼働。長沼氏は「主に新入社員や社内で選考した若手社員を住まわせる社員寮として利用されています。平均年齢は20代後半です」と話す。
若手社員も、シェアハウス型の環境を高く評価しているという。「違う会社に勤める年上の入居者から、先輩社員との付き合い方や社会人としての心構えを学ぶことができた、と評価する入居者も見られます。会社の枠を超えて交流できる点が魅力のようです」(長沼氏)。
こうした教育効果は就職活動に臨む学生にも受け入れられやすい。長沼氏は今の学生の胸の内をこうみる。
「今の世代は一つの会社にずっと勤め続けることを前提にしていないだけに、会社選びの段階では自身がその会社の中でどう成長できるのかという点を見極めようとしています。自らの『成長の場』を提供してもらえるのかという点が、関心事の一つなのです」
学生にとって月島荘は、「成長の場」として期待されているのだろう。社員寮として利用する企業の中には、採用活動の中でアピールポイントの一つとして利用するところもあるという。
「学生を案内すると、とても評判がいいようです。ここでなら成長できそうと感じるのでしょう。実際、当社でインターンシップ中の学生も、案内すると強い興味を示すほどです」(長沼氏)
こうしたシェアハウス型の社員寮に対する需要は今後も見込める、と長沼氏はみる。「供給側にとってはコンセプトが重要です。例えば、地方都市で入居者不足に悩む社員寮で付加価値の向上を図るとき、月島荘のようなコンセプトを生かせるかもしれません」。
「成長の場」としての社員寮――その視点が、需要に見合う供給を進めていく側に強く求められていきそうだ。
東急リバブルVIEW
人材確保を狙う企業の寮・社宅ニーズ
広範な情報網を生かし物件をソーシング
東急リバブル
ソリューション事業本部
法人営業第一部(A)
グループマネージャー
齋藤 泰明
社員寮や社宅を購入したいという企業のニーズは増えていて、中でも「好立地」「新築」など、良い条件の物件を求める声が目立ちます。その背景には、深刻化する採用難への対策として、自社の福利厚生の充実を図ろうとする企業の戦略があるようです。
実際に、私が今相談を受けている中には、千葉県に所在する企業が東京都の城東エリアで新入社員用の独身寮を探されている案件があります。都内に寮を置くことで、地方から上京する学生にアプローチする狙いです。また、同社は、現時点で空室のない賃貸マンションも検討の対象にしていて、空室が出るまでは収益不動産として賃料収入を得ながら、空室が出たら住戸ごとに社員寮として使用していくことも視野に入れています。直ちに寮として使用できなくても、労働力人口の減少によって予測される今後の採用難に対して、今のうちから良い物件を確保し、手を打とうという戦略です。
このように、中長期的な目線で寮・社宅に投資しようとする企業は増えています。例えば、東京都大田区に所在する別の企業は、社員寮としてオフィスから徒歩圏内で新築の1棟マンションを探されています。新築の物件がなければ土地から新たに建設するのでも構わないという強いニーズです。そこで当社は、対象エリアを徹底的にリサーチし、エリア内でマンションを建設中の事業主に掛け合い、プラン変更の交渉をしたり、取引先であるデベロッパー各社に近隣で建設予定地がないか調査し、社員寮の建設を持ちかけるなどして、限られたエリアながらもいくつかの物件をソーシングしました。
寮・社宅は企業が実需目的で購入するため企業ごとに特有のニーズがあり、それに見合う物件をソーシングすることは容易ではありません。当社は、広範な情報ネットワークと事業用不動産における豊富なノウハウを生かし、企業のニーズの一つひとつに応えてまいります。
※所属部署名、役職はインタビュー当時のものです。