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BCPとは?
企業の不動産にまつわるBCPを考える

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BCPとは? 企業の不動産にまつわるBCPを考える

2020.03.31
災害大国である日本において、有事の際にいかに事業を継続させるかを予め計画しておくことは、企業経営の視点から重要な戦略です。人の安全を確保することはもとより、経営基盤である不動産をどう守り、どう活かすかを考えておくことも忘れてはいけません。
BCPの基礎と企業不動産への活用法を、BCP策定支援アドバイザーである昆 正和氏に解説いただきました。

目次

  1. BCPとは何か?
  2. 企業にとってBCPが不可欠である理由
  3. BCPを機能させる条件
  4. BCPから見た企業不動産活用の可能性
  5. 企業不動産をBCPに生かすには
    1. 「予防フェーズ」におけるCREの活用
    2. 「災害発生時フェーズ」におけるCREの活用
    3. 「復旧フェーズ」におけるCREの活用
  6. まとめ

 大地震や風水害、あるいは事業を混乱、停止させるような非常事態に遭遇したとき、ビジネスへの影響を最小限にとどめるにはどうするか。そのための計画がBCP(Business Continuity Plan、事業継続計画)です。災害から従業員と事業資産を守り、戦略的な手段を駆使して自社の使命(製品やサービスの提供など)を果たすことによって、顧客・取引先の信頼や社会的責任を維持することがねらいです。

 もともとは停電やサイバー攻撃などからITを守るために考案されたBCPですが、2001年の米国同時多発テロによる被害の大きさへの反省から、ITだけでなく人や施設も含めた業務機能全般を維持することが求められるようになり、今日の形に発展していきました。

 BCPはしばしば「防災計画」と混同されます。これまでの防災計画では、事前の防災対策と初動(避難誘導や救護、安否確認など)が中心でした。一方BCPでは初動対応の後のフェーズ、つまり「復旧が終わるまで手をこまねいて待つのではなく、いち早く製品やサービスの供給を再開すること」にウェイトを置きます。このようにBCPは、厳密に言えば防災計画とは異なるものですが、日本では防災~初動~戦略的な事業の継続~完全復旧までの全体のフェーズを包括してBCPと呼ぶことが通例となっています(図1)。

図1:BCPと防災計画

 なぜ企業にとってBCPは必要不可欠なのでしょうか。それは災害大国である日本が直面している現状を見れば明らかです。例えば地震。2020年3月現在、過去10年間で震度6強以上の地震は全国10個所以上で起こっています。戦後、1995年の阪神淡路大震災(最大震度7)まで50年の間、大地震がなかったことと比べると大きな違いです。地震学者の間では「地球は地震の活動期に入った」「東日本大震災が日本列島にある多くの活断層を刺激した可能性がある」という説が有力です。さらに、今後30年以内に首都直下地震が起こる確率は70%、南海トラフ地震は70~80%と推定されていますから予断は許しません。

 一方、気候変動(地球温暖化)の影響もより鮮明になってきました。2018年の西日本豪雨や、関東・東北に壊滅的な被害をもたらした2019年の台風15号・19号は、気候変動の影響がなければあれほど大規模な被害は生じなかったと言われています。夏場の35℃を超える災害級の猛暑日も年々増えており、熱中症による従業員の欠勤、生産性や消費の落ち込み、高温による機械設備の故障、電力需要のひっ迫などが起こる可能性もあります。

 今後も繰り返し起こるとされるこうした大規模災害を、「たまたまの出来事」などと割り切っていられるでしょうか。無防備なまま場当たり的に災害に対処しようとすれば、1の大きさで済んだ被害を5にも10にも拡大させてしまいます。甚大な被害と犠牲者が出れば、復旧は遅々として進まず、顧客は離れていき、取引先の信頼を失い、資金が底をつく道をたどることになりかねません。

 それでは、どのような条件を満たしたBCPが実効性あるBCPなのでしょうか。これを考える切り口はいくつかありますが、最低限、次の3つのポイントは押さえておきたいところです。

 一つは「自社のリスクと事業への影響を認識している」こと。世間一般的な意味での災害に対する知識ではなく、自分の会社がどんなリスクに曝されており、それが顕在化したら一体どうなるのか、社長自ら危機感を持っていなければ、BCPの策定も見直しもうまくはいきません。そのために、まずはハザードマップ等を積極的に活用して自社のリスクを認識しておくことが大切です。

 次は「命を守る手順と対策が明確である」こと。これは図1の防災と初動のフェーズに当たり、災害リスクに応じた「防災・減災対策」、そして「避難手順」「安否確認」「帰宅困難者対応」「非常時備蓄」などを指します。BCPといえども基本的な防災対策や初動の備えが不十分だと社員や顧客の安全は確保されず、その後の足並みもそろわなくなります。

 最後は「代替資源が確保されている」こと。災害時にどんなプライオリティで何を実行しなければならないかを理解していても、それらを実行するための手段が断たれたままでは先に進みません。「いつもならAとBを使って業務を処理するが、今は非常事態なので代替資源A'とB'に切り替えて業務を続行する」という流れを作るためには、予め代替資源A'とB'を確保しておくことが必要なのです。

 企業不動産(CRE)の種類や形態は多岐にわたり、本支社ビルや事務所、工場、店舗、寮・社宅、研修施設、遊休地など、多種多様に存在します。自社のCREをBCP対策のために積極的に活用していくことは、レジリエンス(災害からの回復力)を高めるだけでなく、既存の資産を有効利用するという意味で、環境対策にもつながることは間違いありません。

 こうしたアプローチで検討する際には次の2つの姿勢を身につけることが必要です。一つは「BCPの基礎をマスターする」こと。BCPのことをよく知らなければCREへの活用は進みません。もう一つは「オルタナティブ(代替)」の発想で臨むこと。前述の通りBCPとはプランA(平時の事業プラン)が機能しなかった場合に発動するプランB(非常時の代替事業プラン)のことですから、常に「当社のCREで代替できることはないか」を自問する姿勢が必要でしょう。

 これまでの筆者の経験からも、BCP策定企業の"代替ニーズ"は決して少なくないと言えます。例えば「本社が被災した場合の代替対策本部の候補地が見つからない」「大型トラック50台が洪水で水没する危険があるが、どこか退避場所はないものか」といった声を聞きます。これ以外にも非常用備蓄のスペースや暫定的な業務の復旧場所(バックアップサイト)など、いろいろな面でCREの活用ニーズを掘り起こせる可能性があるのではないでしょうか。

 CREをBCP対策に生かすには、図2で示したフェーズに倣い、災害対応を「予防(Before)」、「災害発生時(During)」、「復旧(After)」の3つに分けて検討するとよいでしょう。

図2:災害対応の3つのフェーズ

 「予防フェーズ」とは平時の防災・減災対策を指します。所有・利用する建物の耐震補強などを済ませておくことはもとより、定期的な防災点検および修繕管理は必須です。また、非常時備蓄の保管、地震対策として倉庫の商品・パレットを高く積み上げない設備・レイアウトへの変更、水害対策ならば電気設備の高所への移設や輸送車両の退避などに既存のCREを活用することも考えられます。

 「災害発生時フェーズ」は、従業員やお客様の安全確保と危機対策本部の参集あたりまでが当てはまります。賃貸ビルなどを所有している場合、テナントに安全と安心を提供することは極めて重要です。日頃からの避難訓練の徹底や避難経路の確保、非常用発電機、帰宅困難者受入のための基本的な備蓄と滞在スペースなどを備えれば、防災力に優れたビルとして付加価値を高め、アピールにつながるかもしれません。逆に、備えが不十分で被害を広げてしまうようなことがあれば、所有・管理する立場として責任を問われ、自社の企業ブランドを損ねることにもなり得ます。

 「復旧フェーズ」は緊急性の高い業務の継続と復旧をバックアップするための対策が中心です。例えばある商社では、自社の社員寮を一箇所に統合し、そこに東京本社が被災した場合に備えてサブオフィス機能を持たせています。既存のCREに余剰スペースがなかったり、エリアが偏ったりしているようであれば、リスクヘッジとして別のエリアに代替スペースを確保しておくことも有効です。また、対外向けには、企業が被災して当初予定していた場所に対策本部を設置できなくなる事態を想定し、自社が所有するビルの空室を「代替対策本部拠点」として提供することも可能でしょう。この場合、建物の安全性やアクセス性、電気・水道・インターネットの可用性は必携です。

 不動産戦略と言うと「そこからいかに収益を上げるか」という点にウェイトが置かれがちです。しかし一見すると収益とは無縁の災害対策やBCPを視野に入れることで新たな価値が見えてきます。「突然、いつもの場所で業務が行えなくなったらどうするか?」「顧客や取引先が同様の事態に直面した時、どんなサポートができるか?」という視点で検討すれば、CREのさまざまな代替利用の可能性が見えてくるのではないでしょうか。

 そしてもう一つ、忘れてはならないのが気候変動対策を見据えた不動産活用です。危機感を持たずこれまでと同じように経済活動を続けていけば、地球環境はさらに悪化し、私達やその先の世代は過酷な時代を生きていかなければなりません。今後はより一層「環境に配慮した経済活動」を求める声が高まることでしょう。昨今、ESG経営やSDGsが世界的潮流になり、例えば金融の分野では、気候変動対策に積極的な企業が投資や融資先として選ばれ、評価される時代に入りつつあります。これはCREについても言えることで、いかに不動産を最適(CO2削減という意味で)かつ最大活用できるかが問われることになるのは必至です。CREのBCPへの活用は、持続可能な経済の実現に向けた大切な一歩となるに違いありません。

BCP策定支援アドバイザー、防災士

昆 正和

Masakazu Kon

東京都立大学経済学部卒。主に中小企業向けBCP策定指導、研修、講演活動に従事。BCP関連の著書、寄稿記事、コラム多数。