東京・銀座の裏通り沿いに壁面をグリーンであしらったおしゃれなビルが立つ。地階まで含めた計8フロアには主に健康・美容系のテナントなどが店を構える。見た目はまだ新しそうだが、実は築20年が経過した中古ビルである。

東急Re・デザイン
スペースパートナー事業部
クリエイティブ営業部
デザインチーム マネージャー
都田 雄介 氏
元は地方企業の自社ビル。その支社や系列会社の事務所などが入居していた。そのビルを取得した大手不動産会社が2年ほど前、用途をオフィスから商業へ、がらりと変えたのである。
銀座という場所柄、裏通りとはいえ、商業ビルの賃料水準は高い。立地や規模などビルの持つ条件を基に見込み賃料をはじけば、事務所ではなく店舗に賃貸する方が収益性は高い。
コンバージョンの実施設計・施工を担当した東急Re・デザインスペースパートナー事業部クリエイティブ営業部デザインチームマネージャーの都田雄介氏は、「オフィスから商業に切り替えたことで、ビルの収益性を高めることができたのでは」とみる。
立地や時流から需要見込み
ホテルやシェアオフィスへ
こうした建物の用途転換は「コンバージョン」と呼ばれる。構造体はそのままに用途だけを改め、立地や時流に見合う需要を取り込み、賃料水準を引き上げる。既存建物を再生し、収益力を高める手法の一つである。
既存建物を再生する手法はほかにも2つが考えられる。一つは、建て替え。建物そのものを全面刷新する。もう一つは、改修。既存の構造体はそのままに、共用部の意匠性を高めたりエレベーターなど設備を更新したりする。
建て替えは改修に比べ収益性の向上度合いは大きい。しかしその半面、工事費はかさむ。さらに、工事期間が長期にわたる。既存建物の解体から新築建物の完成まで建物が収益を生まない期間が数年単位で生じることにもなる。
コンバージョンはその中間。建て替えほどは工事費や工事期間はかからないものの、用途を改めることによって立地や時流に見合う需要を取り込めるようになるため、収益性の向上度合いは大きい。そこが、一番の魅力だ。
立地や時流に見合う需要とは例えば、MICEやインバウンドなどの利用が見込まれるホテルや、働き方改革の流れの中で大手企業にも利用が広がるシェアオフィスなどが挙げられる。
コンバージョンによるホテル事業の展開を図るのは、事業の運営・企画会社であるファーストキャビンだ。飛行機の客室に見立てた「キャビン」と呼ばれる工場生産のカプセル状ユニットをビルに搬入・設置することで、空きビルからホテルへの用途転換を低予算・短工期で実現している。
ただ注意したい点がある。全ての建物がどのような用途にでも改められるとは限らないという点だ。
都田氏は一例を挙げる。「過去にオフィスを有床診療所にコンバージョンしたいという相談を受けて検討したものの、断念せざるを得なかった例があります」。
理由は、法制度上のルールを守る必要があるからだ。
インフラ整備でコストアップ
コンバージョンに向き不向き
病室は、床面積に対して採光を確保するために一定程度の広さの窓が必要になる。しかし、賃貸オフィスビルでは窓を広げることはできない。「病室の床面積がおのずと限られてしまい、事業として成り立たないことが分かりました」(都田氏)。
また用途によって必要なインフラや構造耐力などは異なる。それらの不足が障害になることもあるという。
「商業ビルはオフィスビルと違って、照明や空調のほか厨房機器などの動力にも電力を用います。給排水もトイレ中心のオフィスと異なり、飲食店舗であればキッチンでも使いますし、新たに厨房に都市ガスを引き込む必要が出てくることもあります。オフィスビルを商業ビルにコンバージョンする場合は、これらインフラを整備する必要から工事費はかさみがちです」
収益力を向上させるためとはいえ、コンバージョンの投資額には当然限度がある。法制度上のルールからはコンバージョンが可能だとしても、事業性をシミュレーションすると、投資額の大きさから断念せざるを得ない例も少なくない。
都田氏はコンバージョンには向き不向きがあるという。
「例えば共同住宅をオフィスや商業に改めるのは、構造耐力上、難しい。ただ、寮やホテルに改めるのであれば、可能性は見込めます。オールマイティーと考えられるのは、商業ビルです。これなら、どのような用途にでも改められると考えられます」
既存建物を再生する手法としてコンバージョンが一般化するのに伴い、新築段階から将来のコンバージョンを見越して設計する例も出てくるのではないか、と都田氏は指摘する。
「ホテル事業は今好調ですが、それがいつまでも続くとは限りません。将来への備えとして、例えば高齢者住宅などにいつかコンバージョンする可能性を念頭に置いてホテルを設計しておくという例も登場してくるでしょう」
建物の立地は、新築時から変わらない。しかし市場環境は、時代の流れとともに変化する。建物の事業性はその用途によって大きく変わる。競争力を将来にわたって保ち続けようとするなら、そうしたニーズの変化にどう対応していくか、備えが欠かせない。
