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今こそ、BCP(事業継続計画)を考える
〜BCPの基本情報と策定の手順を徹底解説!〜

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今こそ、BCP(事業継続計画)を考える〜BCPの基本情報と策定の手順を徹底解説!〜

災害大国と呼ばれる日本。災害時のダメージを最小限に抑えるためには、人々の命を守ることはもちろん、経済活動を守ることも重要です。2020年3月11日にWHOによってパンデミックだと発表された新型コロナウイルスのケースでも金融・経済分野へのインパクトは甚大で、日本国内でも多くの企業が苦境に立たされています。このような危機が起こったときに自社への被害を抑えいち早く事業を復旧させるためには、どうすれば良いのでしょうか。そのために検討すべきなのが「事業継続計画(=BCP)」の策定です。

目次

  1. BCP(事業継続計画)とは?
    1. BCPが推進される背景・理由
    2. BCPの目的
    3. BCPと経営資源
    4. BCPとBCMの違いとは
    5. BCPとBCEの違いとは
    6. BCPと防災計画の違いとは
    7. BCP策定は義務なのか?
    8. グローバル企業が知っておきたい日本と海外のBCPのキホン
    9. BCPに欠かせない「レジリエンス」の重要性
    10. 企業のリスクマネジメントにBCPが不可欠な理由
  2. BCPとパンデミック
    1. 従来のBCP①:東日本大震災の事例から考える
    2. 従来のBCP②:水害の事例から考える
    3. コロナ時代のBCP
    4. 今後のBCP:アフターコロナを見据えて
  3. BCPとファシリティマネジメント
    1. BCPと設備投資
    2. BCPとCRE戦略
    3. BCPから見た企業の不動産活用の可能性
  4. BCPのメリット
    1. BCPの重要性①:災害時の混乱・ミスジャッジを避けられる
    2. BCPの重要性②:災害時にもサプライチェーンを維持できる
    3. BCPの重要性③:取引先からの信用を得る
    4. BCPの重要性④:CSRへの取り組みをアピールできる
    5. BCPの重要性⑤:ESG経営・SDGsの一環になる
    6. BCPの重要性⑥:企業ブランディングの役割を果たす
    7. BCPの重要性⑦:投資家からの評価を得られる
    8. BCPの重要性⑧:通常業務での取引の優先順位を明確にできる
    9. BCPの重要性⑨:ウイルス対策により従業員の健康を守れる
  5. BCPの課題・問題点
    1. BCPの課題・問題点①:万一の際に機能しない可能性がある
    2. BCPの課題・問題点②:策定したBCPが自社に合わないこともある
    3. BCPの課題・問題点③:従業員への教育・訓練が継続的に必要
  6. BCPを作成する方法・手順
    1. 策定の全体像
    2. ステップ①:基本方針を設定する
    3. ステップ②:社内の体制を整える
    4. ステップ③:事業影響度分析(BIA)を行う
    5. ステップ④:中核事業を選定する
    6. ステップ⑤:リスクを分析する
    7. ステップ⑥:事前案を策定する
    8. ステップ⑦:具体的なBCPを策定する
    9. ステップ⑧:見直し・改善を続ける
  7. 作っただけで満足しない!BCPを活かす3つのポイント
    1. ポイント①:中核事業に絞って策定する
    2. ポイント②:従業員の行動マニュアルを決めておく
    3. ポイント③:従業員への周知と訓練を徹底する
  8. BCP策定のためのテンプレート・フォーマット
    1. ダウンロード資料
  9. まとめ

 BCPとは「Business Continuity Plan(=事業継続計画)」のことで、自然災害・感染症・テロなどの緊急事態に直面しても企業が事業を継続できるようあらかじめ策定しておく計画を指します。BCPの基礎知識をご紹介しましょう。

 BCPへの興味は、年々高まっています。内閣府や公益財団法人東京中小企業振興公社が2017年度に行った調査結果によると、大企業でBCPを策定しているのは約60%、中堅企業は約30%。現在、普及過程にあると言えるでしょう。

 企業のBCP策定の後押しとなっている理由の一つに、日本が災害大国であることが挙げられます。実際、東日本大震災や熊本地震などの大地震、地球温暖化によるゲリラ豪雨や大型台風など、自然災害の頻発を実感されている方も多いのではないでしょうか。また経済活動がグローバル化する中、新型コロナウイルスなどの感染症拡大、テロ・紛争なども企業の事業存続を左右する要因に。さらに製品のリコール、情報流出など内的リスクによる事件・事故も企業のBCP策定の後押しとなっているようです。

 とくに経営基盤の弱い中小企業においては、ちょっとした緊急事態であっても発生時に廃業に追い込まれるリスクはかなり高くなります。そのためBCPを整備し、万が一の際のダメージをできるだけ抑えることが必要なのです。

 BCPの目的は、予期せぬ緊急事態が発生した際に、人やモノへの被害を最小限に抑え事業を早急に復旧させることにあります。緊急事態が発生した際の方針・体制・手順をあらかじめ決めておくことでスムーズな対応が可能になり、倒産などの最悪の事態を避けることにつながります。

 また緊急事態の影響による突然の廃業は、取引先にとってもリスクになるため、BCPを策定することは平常時の取引における信用を得るためにも不可欠な時代だと言われています。

 BCPでは、企業の経営資源である「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」のすべてが対象になります。また自社だけでなく取引先や協力会社との関わりも事業継続に欠かせない要素なので、社外関係先の資源も含めて考慮する必要があります。

 「ヒト」を対象としたBCPでは、事業再開を支える従業員の命を守ることができます。「モノ」には設備機器・在庫・不動産・インフラなどが含まれますが、BCPで備えておくことにより破壊や損失を最小限に抑え、短期間かつ低コストで事業再開を目指すことができます。また「カネ」を対象としたBCPを策定しておくことで、事業再開に向けた投資が可能になります。さらに万一の際に「情報」を守れる対策を立てておくことで緊急事態に伴う二次的な被害を防ぎ、よりスムーズな復旧を目指すことができます。

 BCPと同時に「BCM」という言葉を目にしたことがあるかもしれません。BCMとは「Business Continuity Management(=事業継続マネジメント)」のことで、事業継続のための包括的な取り組みを指します。

 内閣府が公表する「事業継続ガイドライン第三版」によると、BCMは

  • BCPの策定
  • BCPの維持・更新
  • 事業継続を実現するための予算・資源の確保
  • 対策の実施
  • 取り組みを浸透させるための教育・訓練の実施
  • 点検や継続的な改善

などを行う、平常時からの包括的なマネジメントを指します。このことから、BCPは単体で機能するわけではなく、BCMの一部として考えることが重要だと言えるでしょう。

 BCEとは「Business Continuity Execution(=事業継続の実行)」を指します。事業継続を確実なものにするためには、3つの視点が必要だと言われています。1つ目は、状況を正しく評価すること。緊急事態において事業継続を阻む要因を抽出し、深刻度を評価してクリアすべき優先順位を判断することを意味します。2つ目は、事業継続計画にのっとって各自が担うべき役割を全うすること。この視点には、すべての関与者へのBCP の周知徹底・教育なども含まれます。3つ目は、中核事業を復旧させるための時間的なリミットを決めておくこと。フローに合わせて資金調達などの備えが可能になります。こういった3つの視点を通してBCPの実効性を向上させるための考え方がBCEなのです。

 BCEはBCPを確実に実行するための包括的な取り組みであり、BCMとも近しい考え方だと言えるでしょう。

 万が一の災害に備えるという点ではBCPと防災計画は似ているように思えますが、目的が異なります。BCPでは非常時に「いかに事業を継続させるか」を中心とした計画であるのに対し、防災計画ではあくまで「緊急事態にヒト・モノをいかに守るか」に重きを置いたものです。またBCPでは自然災害に限らず業務を停止させうる全要因が対象となりますが、防災計画は自然災害・感染症のみが対象。さらにBCPは緊急事態発生後に機能しますが、防災計画は事前対策として機能します。

防災は自然災害、感染症に対しヒト・モノの保護のために災害発生前に実行する対策。BCPは業務を停止させうる全事象に対し、事業の継続のために事態発生後に実行する計画。

 実はBCPは法律や条例では義務づけられていないのが実情です。しかし、緊急事態において準備不足が原因で従業員の安全・健康が守られなければ安全配慮義務違反になる可能性も否めません。また生産ラインの復旧に時間がかかり、契約通りに製品を納入できない場合には違約金が発生してしまうケースも。義務ではありませんが、副次的に法令違反を引き起こさないためにもBCPを策定しておくことが重要なのです。

 グローバルに事業を展開している企業でも、BCP策定は進みつつあります。きっかけとなったのは2011年のタイでの水害、2013年のフィリピンでの台風被害など。グローバル企業ではさまざまな地域・国で製造拠点や子会社を抱えていますが、前述した災害時は多くの日系企業が洪水などにより生産ラインがストップしたり、在庫を失ったりする事態に陥りました。

 グローバル企業における事業継続計画の策定は難しいと言われていますが、グローバル企業こそ策定の必要性はより高くなります。なぜなら自然災害だけでなく、テロ、デモやストライキ、為替や市場の急激な変化、不正や贈収賄など、国内以上に多様なリスクがあり、事業に多大な影響を及ぼしかねないからです。グローバルBCPを策定することで、緊急事態への備えになるだけでなく、海外子会社のビジネスの可視化、従業員の意識改革、コスト削減など平常時のメリットも大。グローバル企業にとってBCP策定は経営戦略の面からも非常に重要だと言えるでしょう。

 「レジリエンス」とは、自然災害など外部からの力をしなやかに受け止め回復する“弾力”や“復元力”を指す言葉です。BCPにおいては、被害を最小限に抑える「対応力」、事業中断から復帰する「復旧力」を高めることが、企業のレジリエンス向上につながります。

 地震などによる被害が頻発する中、国も「レジリエンス」の概念に注目。政府は2016年に「国土強靭化貢献団体の認証に関するガイドライン」を制定し、レジリエンスに務める企業を認証する取り組みを始めました。BCP策定は、企業だけでなく社会全体のレジリエンスを高めるためにも欠かせない要素と見なされるようになってきたのです。

 かつてはビジネスに影響を及ぼす可能性のある多様なリスク一つひとつに対して、個別に対策を講じることが一般的でした。しかしビジネスが多様化・グローバル化するとともにリスクの種類も拡大し、個別に対応することが困難に。例えば水害対策により生産ラインだけが守れたとしても、サプライチェーンや取引先がストップしてしまうとビジネスを継続することは難しくなります。このように個別の対応だけでは、事業の「継続」が容易ではないとわかってきたのです。

 企業のリスクマネジメントを考える際は、リスクごとに細分化して対応するのではなく包括的に考えることが必要です。BCPは「事業を継続する」という目的のもと、幅広いリスクを対象とした計画です。つまりBCPは、企業のリスクマネジメントの中核となる存在だと言えるでしょう。

 天然痘、ペスト、新型インフルエンザーーー人類が長い歴史の中で戦ってきた「感染症」もまた、事業継続を妨げるリスクになります。2020年には新型コロナウイルス感染症が世界規模で一気に拡大。外出規制などで経済活動が世界的に鈍化し出口も見えない中、多くの企業が事業継続に困難を感じています。こういった感染症のパンデミック(世界的大流行)に対して、BCPでどのように備えるべきなのでしょうか。

 東日本大震災では突然の大きな揺れと津波によりライフラインやインフラが途絶。経営資源であるモノ(施設・設備・在庫など)に甚大な被害が生じ、さらにサプライチェーンがストップ。直接的な被害を免れた企業でも事業継続が難しい事態に陥りました。

 このような地震をベースとしたBCPがパンデミック発生時と異なるのが、被害を受ける地域が限定的である、という点。被災した地域以外では事業を行うことが可能なので、他拠点での事業展開、代替施設での操業などで補完できます。そのため災害発生後の「復旧をいかに早く進めるか」をBCPの第一の目標として策定することが中心となります。

 220名以上の死者を出した2018年7月の西日本豪雨、関東・甲信越・東北南部を中心に多くの河川氾濫を引き起こした2019年の台風19号は私たちの記憶に新しい水害です。地球温暖化によってゲリラ豪雨や大型台風の襲来は増加傾向にあり、水害を考慮したBCPにも注目度が高まっています。

 同じ自然災害でも、水害は地震に比べて直接的な被害が長引きやすく、数日〜数週間浸水が続くケースもあります。逆に「いつ起こるかわからない」地震とは異なり、被災までのリードタイムがあるため適切なBCPがあれば十分に機能させることができるでしょう。パンデミックBCPとの違いは、地震と同様に被害を受ける地域が限定的であること、被害の期間がある程度瞬間的だ、という点です。さらに避難など従業員の安全への事前対策が取りやすいことから、ヒトよりもむしろモノにフォーカスして策定すべき点も水害BCPの特徴だと言えるでしょう。

 新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックのためにはどのようなBCPを検討すべきでしょうか。パンデミックは突然起こるのではなく、事業に影響するようになるまである程度のリードタイムがあります。また物理的被害が生じることはありませんが、被害が世界など広域に及ぶこと、収束までの期間が読めないことが特徴として挙げられます。

 自然災害をベースとしたBCPでは「いかに復旧するか」にフォーカスして計画を立て、復旧資金への投資が主軸になるのに対して、パンデミックをベースとしたBCPでは「どの業務を休止して耐え抜くか」をメインに計画を立て、業務停止に耐えられる運転資金の確保がポイントになると言えるでしょう。

 具体的に考えるべきポイントの1つ目は、「事業の選定」です。投資額・利益率・将来性などを総合的に考慮し、続ける事業と休止する事業を検討・判断することが重要です。社会インフラとして不可欠な事業、収益の大半を占める事業については継続を、“3密”にあたる業務が主となる事業については休止が望ましいと言えるでしょう。2つ目のポイントは「運転資金の備え」です。2ヶ月程度の事業縮小・停止を想定し、従業員の給与・オフィスの賃借料などの固定費に困らない資金を確保しておくことが必要です。3つ目のポイントは、事業を継続させるための「環境整備」。少ない人員で事業を継続させるための勤務体制の構築、テレワーク環境の整備・システム導入なども事前に行っておくことが緊急事態モードへのスムーズな移行につながります。

パンデミックを想定したBCPのポイント

 2020年5月末時点では、全国の緊急事態宣言が解除され、第1波は収束傾向にあると言われています。しかし第2波、第3波がいつ発生してもおかしくない状況の中、政府は「新しい生活様式」として社会的距離の確保・マスクの着用・手洗いの徹底などを日常生活で取り入れるように求めています。そんな中、企業は事業継続をどのように考えていくべきでしょうか。

 パンデミック収束後の「アフターコロナ」において事業継続に欠かせないのは、新型コロナウイルス感染症拡大によって大きく変化した市場の価値観・ニーズを把握すること。例えば、小売業界では3密(密集・密閉・密接)を回避するため、商品の探し方、支払い、受け取りの手段など消費者の行動は大きく変わるでしょう。こういった変化に対応しうる事業の選定、または新たな事業の創造が企業を存続させるキーになるのです。

 パンデミック発生中が従業員・関係者の健康を最優先する“守り”の時期だとすると、パンデミックの収束直後は事業戦略の見直しと適切な組織・業務の構築を行う“立て直し”の時期、そして収束から2年目以降は社会そのものの再構築にも目を向ける“再成長”の時期。BCP策定においては、すべての事業における強み・弱みを洗い出し、新たな価値創造を見据えた優先順位を判断することこそ、アフターコロナを“再成長”の糧にできる重要なポイントとなるでしょう。

 ファシリティマネジメントとは、「企業、団体等が保有又は使用する全施設資産及びそれらの利用環境を経営戦略的視点から総合的かつ統括的に企画、管理、活用する経営活動」を指します。昨今では、土地、建物、構築物、設備などのファシリティは、ヒト・モノ・カネ・情報に続く5つ目の経営資源とも考えられるようになりました。BCPの観点から、ファシリティマネジメントをどう捉えておくべきなのかを考えます。

 企業が設備投資を行う際には、BCPに基づいて行うことが重要です。例えば停電時に自家発電できる非常用電源設備があれば早期復旧を目指すことができます。また顧客情報や機密情報などのバックアップをとれる体制・システムがあれば、事業の再開がよりスムーズになります。同様に、土地・建物といったファシリティについても、緊急時にリスクを分散させ、事業の復旧・再開をサポートできるような投資を考えておくべきです。

 新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの際は、中国の子会社や生産拠点での活動がストップし大きなダメージを受けた日系企業もありましたが、拠点エリアを分散しておくことで業務の代行が可能となり、リスクを抑えることができます。また日本国内においても、テレワークメインの働き方へ変化したことを踏まえ、郊外にサテライトオフィスを設けたり、テレワークの生産性を高めるシステム・設備に投資したりといった手段も考えるべきでしょう。

 自然災害による被害でも同様に、土地・建物については拠点や投資物件のエリアを限定してしまうと経営における大きなリスクに。BCPの視点からリスク分散を考えておくことが重要です。

 CRE戦略はファシリティマネジメントの一部であり、とくに不動産の有効活用に特化した考え方のこと。国土交通省によると、CRE戦略とは「『企業価値向上』の観点から、経営戦略的視点に立って見直しを行い、不動産投資の効率性を最大限向上させていこうという考え方」と説明されています。BCPのあり方をCRE戦略と紐づけて考えた場合、どのような施策を講じておくべきでしょうか。

 一つは、保有している不動産の安全性を確保することが挙げられます。たとえば生産拠点やオフィスの耐震性能の強化、自家発電設備の新設、機械装置のための免震台敷設などが考えられます。もう一つは、代替機能を目的とした分散投資。基本的には前項の「設備投資」と同じ考え方ですが、自然災害などによって一部のエリアで事業を停止せざるを得ない場合などに他のエリアで事業を行えるよう、生産拠点を分散させておくのです。具体的には主力拠点と同様の機能を持つ拠点を国内外に構築・配置する、あるいは他の機能を持つ自社拠点を緊急時に主力拠点として活用するといった方法があります。

 企業不動産をBCPに生かすには、災害対応を「予防(Before)」「災害発生時(During)」「復旧(After)」の3フェーズに分けて考えるべきです。

 「予防フェーズ」は緊急事態が発生する前の平時を指し、防災・減災をメインに考えます。耐震補強、防災点検、修繕管理、揺れや水害の被害を最小限に抑える設備・レイアウト整備、備蓄品の保管が考えられます。

 「災害発生時フェーズ」では、従業員などの安全確保と危機対策本部の配置を考えます。日頃からの避難訓練の徹底、避難経路の確保、非常用発電機の整備、帰宅困難者受入のための備蓄品やスペースの確保などが挙げられます。

 「復旧フェーズ」では、あらかじめBCP策定時に選定した「優先的に継続させる事業」を復旧させるためのバックアップ対策が中心となります。本社が被災した場合に使える郊外のサテライトオフィスの配置、生産拠点の分散化などを考えておきましょう。

 不動産活用では目の前の収益性が重視される傾向にありますが、BCPの考え方に基づいて活用することで長期的な収益を守ることにもつながるのです。

BCPから見た企業不動産活用の可能性

 BCPを策定することは、企業にとってどのようなメリットをもたらすのでしょうか。事業を継続することは、自社の経営だけではなくあらゆるステークホルダーにとって多くのメリットがあります。

 ひとたび大きな自然災害、予測もしなかった事故やパンデミックが起こると、人は平常時ほど冷静な判断を下せなくなります。しかし緊急事態は平常時以上に重大な意思決定をスピーディにしなければなりません。パニック状態になり判断を誤ると、大きな損失を出してしまう可能性もあるのです。さまざまなケースを想定してBCPを策定しておくことで優先順位や判断基準が明確に。事前の備えが精神的なショックやパニック状態を緩和することにつながり、適切な経営判断を行えるのです。

 東日本大震災の際、部品製造を行う企業が被災したことで、その部品の納入先である多くの取引先が事業を継続できなくなり、製造が全国でストップするという事態が発生しました。企業が事業を継続することは、自社の収益確保だけでなくサプライチェーンとしての責務を果たすことにもつながります。BCP策定においては、サプライチェーンへの影響が大きい事業を洗い出し、優先的に早期復旧・継続を目指すべきだと言えます。

 サプライチェーンを守ることはすなわち取引先からの信用にもつながります。BCP策定は、緊急事態時にも製品やサービスを提供する備えの証。取引先にとっての安心感・信頼性につながります。

 食品メーカーが緊急食料を供給する、ホテルが帰宅困難者を受け入れるなど、企業が自社の経営資源を活用して被災者支援を行うことは社会貢献として高く評価されます。CSR活動を視野に入れてBCPを策定することは、事業復旧・継続の後押しにもなります。

 地球温暖化、国家間の紛争、貧困・人権問題など地球にはさまざまな課題があります。そんな中、企業には自社の目先の利益だけを追求するのではなく、ESG(環境=Environment、社会=Social、ガバナンス=Governance)の3要素に配慮し、企業価値の向上を目指すことが求められています。また2015年には国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)にも、企業による積極的な関わりが求められています。

 万一の際も社会機能を維持し雇用を守るBCPはまさに、ESG経営・SDGs目標達成の一環に。社会課題への貢献として投資や採用活動における大きなアドバンテージになるでしょう。

 BCPを通したCSR活動、ESG経営、SDGsへの取り組みはおもに社外ステークホルダーに対するアピールになります。社会貢献度の高い企業として認識されることで、企業の価値は大きく向上。ステークホルダーからの信頼を獲得したり、優秀な人材の採用にもつながります。

 BCPによって地震などの緊急事態に備えていることを有価証券報告書、社会環境報告書、CSR報告書などで積極的に開示することで、投資家の安心材料に。投資家にとっては安定した運用が期待できますし、企業にとっては資金調達が容易になりビジネスチャンス拡大にもつながります。

 前述したように、BCP策定においては事業の優先順位を決め、「継続させる事業」を選定することが大切です。業務、資源、調達先などについての情報を“棚卸し”し、きちんと見える化する策定プロセスを通して、平常時の業務改善も可能になります。

 新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックを見据え、従業員の働きやすさや健康に配慮した対策を講じることで、もっとも大切な経営資源である従業員を守ることができます。従業員を守るためのBCPは緊急事態にスムーズに対応できるだけでなく、平常時は採用面でのメリットにも。社員定着率の向上、優秀な人材の確保につながります。

 企業にとって多くのメリットがあるBCPですが、課題や問題点などデメリットもあります。

 さまざまなケースを想定してBCPを策定したとしても、実際に緊急事態が発生すると想定していた被害内容や規模とは異なるケースもあるでしょう。そのような場合、BCPでは対応しきれなくなる場合も……。策定したBCPが想定通りに機能しない場合があることを理解することが大切です。

 自社の業態・規模・方針に合わないBCPを策定すると、緊急事態に適切に機能しないケースもあります。実際に不可能な行動をBCPに組み込んでしまう、逆に実際の緊急事態に対して簡素な計画しか策定できていないなどのケースも見られます。策定プロセスの効率化を優先するのではなく、自社にフィットするBCPを策定できるかどうかを重視する必要があります。

 緊急事態が発生した際、BCPが自動的に発動するわけではありません。BCPを適切に機能させるためには、「ヒト」がBCPで何をすべきかを正しく理解し、迅速に行動することが非常に重要です。しかしBCPが社内で周知されていない、緊急事態にどう行動すべきかを訓練できていない状態ではBCPの効果を発揮できないのです。事前の周知と教育・訓練を継続的に行う必要があり、手間とコストがかかる点が課題として挙げられるでしょう。

 前述したようなBCPの課題・問題のリスクを低減し、企業にとってメリットを最大限に発揮するためにはどのような点に留意して策定すれば良いのでしょうか。基本的な手順と押さえておくべきポイントを整理してみましょう。

 BCPは、単に「計画を決める」だけで完結するものではありません。どれだけ人員とコストをかけて策定しても、うまく機能させるためには周知・教育・訓練、課題点の検証、改善といった継続的な活動が欠かせません。BCP計画においてはPDCAサイクルを回すことが非常に重要な意味を持っています。

 事業計画を策定し(Plan)、従業員への周知・教育・訓練を行い(Do)、運用時の問題点や課題を抽出・検証し(Check)、改善を行う(Action)を繰り返すことで、いざというときに機能しやすいBCPを策定することができるのです。

機能しやすいBCPを策定するために…

 まずは策定するBCPの「基本方針」を定めます。何を目的にBCPを策定するのかを社内の共通認識として従業員が共有できれば、緊急事態に想定外のことが起きたとしても一人ひとりが「基本方針」をもとに適切に判断し、行動できるようになります。また基本方針をきちんと設定することで、策定のステップがよりスムーズになるはずです。

 なお中小企業庁は、「中小企業BCP策定運用方針」で基本方針を考える上で4つの大切なポイントを紹介しています。参考にしてみてはいかがでしょうか。

●企業同士で助け合う

 中小企業では、日常的に業務を分担したり、情報交換したりと助け合いの中で事業を行っています。緊急時において同業者組合や取引企業同士、被害の少ない企業が困っている企業を助ける、そのことが結局は自社の事業継続にもつながります。

●緊急時であっても商取引上のモラルを守る

 協力会社への発注を維持する、取引業者へきちんと支払いをする、便乗値上げはしない、こうしたモラルが守れないと、企業の信用が失墜し、工場や店舗が直っても事業の復旧は望めません。

●地域を大切にする

 中小企業では、顧客が地域住民であったり、経営者や従業員も地域住民の一人であったりします。企業の事業継続とともに、企業の能力を活かして、被災者の救出や商品の提供等の地域貢献活動が望まれます。

●公的支援制度を活用する

 わが国では中小企業向けに、公的金融機関による緊急時融資制度や特別相談窓口の開設などの各種支援制度が充実しています。

 BCP策定においては、策定・運用の中心メンバーを社内で選定する必要があります。防災や総務の担当者など、一部のメンバーだけで進めようとするケースもありますが、おすすめできません。なぜなら中心メンバーには、事業全体の優先順位を決めるなどの経営的視点、各部門での取引先・協力会社との連携、現場でのきめ細かな周知・教育、BCP発動時の指揮など、部門横断的な動きが求められるからです。

 また成功のポイントは、中心メンバーが強力な推進力を持つこと。そういった点からも、経営層の役職者が中心メンバーのリーダーとなり、さらに経営層、現場、社外ステークホルダーと連携しやすい幅広いメンバーで体制を構築することがポイントです。

 緊急事態に陥るとヒトやモノなどのリソースが一時的に不足します。そのような状況ですべての事業を復旧・継続させるのは不可能であるため、事業の取捨選択を行い中核事業に絞って復旧作業に取り組むことが大切です。どの事業を選択するかを決める方法として「事業影響度分析(BIA)」があります。

 事業影響度分析(BIA)では、主に2つの作業を行います。1つ目は、緊急事態発生時のリスクを時系列で考えること。2つ目は、それらのリスクが自社に及ぼす影響度とリソースを調査すること。1つ目の作業で考えた事業中断時のリスクを時系列で考えたシナリオをもとに、2つ目の調査で現場へのアンケート調査やインタビューを行い、影響度やリソースを明らかにするのです。

 売上や利益だけでなく、顧客・市場・資金繰り・従業員・法令や契約への影響など、事業がストップした場合の影響度などを考慮しながら、すべての事業とそれに紐づく業務について、AランクからEランクまで5段階に分けるなどの方法で優先順位をつけましょう。その中から優先順位の高いものについて、それぞれどのくらいの時間で復旧させるのか(目標復旧時間:RTO)、製品のクオリティや納入する量などをどの水準まで復旧させるのか(目標復旧レベル:RLO)を考えます。

 目標となる復旧時間や復旧レベルについても客観的な許容ラインを設定すること。その範囲内でBCPを策定しなければいけませんが、あまりに無理な目標を立てるのは本末転倒。緊急事態の規模やインパクトも想定して現実的な目標を設定しましょう。

 ステップ③の内容をもとに、緊急事態に優先的に復旧する中核事業を選定します。中核事業が決まれば、付随する業務を見える化し重要業務として抽出。その上で復旧に必要となる経営資源を洗い出しておきましょう。

 緊急事態が発生した場合、一時的に中核事業がストップすることが想定されます。その場合、どのくらいの停止期間であれば自社が耐えられるのかも考慮しましょう。

 続いて、選定した中核事業について、何が事業停止の原因になりえるかを分析します。大地震、風水害、大雪、火山噴火、インフラの停止、パンデミック、ストライキ、取引先の倒産、大規模な情報漏洩など、考えられる限りたくさんのリスクをピックアップしましょう。

 リスクを洗い出せたら、事業への影響度とリスクの発生可能性を2軸にしてリスクマッピングをしましょう。その後、非常時に復旧・継続を優先させる中核事業の業務プロセスを明確にし、被害想定を行います。

 緊急事態発生時のシミュレーションでは、大地震、水害、パンデミック、テロといった具体的なケースを想定し、中核事業がどのような影響を受けるか詳細な評価をしましょう。このプロセスは実際のBCP発動時にきちんと機能するかどうかの鍵を握るため、できるだけ詳しく多くのシミュレーションを行うことがポイントです。大切なのは“時間軸”。二つ前のステップで触れた、中核事業が停止しても耐えられる期間内に復旧可能なもの、復旧不可能なものを線引きし、シミュレーション事例を分別します。

>>発動基準を明確にする

 どのような事態が発生した際にBCPを発動させるか、基準を明確にします。例えば「震度5の地震が発生したものの自社の直接被害は軽微」などの場合、どう判断すれば良いか迷う従業員も多いはずです。BCP発動のタイミングに迷う状況だと、従業員はどう行動すれば良いか判断できなくなります。重要な経営判断も遅れ、大きな損害につながる可能性もあります。

 BCP発動基準の目安になるのは

  • 中核事業の状態
  • 緊急事態の規模

の2点。中核事業がどの程度の被害を受けた際に発動するのか、緊急事態がどのレベルに達した際に発動するのかを、明確に文書化しておきましょう。

>>役割分担を決める

 緊急事態が発生すると、中心メンバーが横断的に各部門と連携し、スピード感を持って適切な判断をすることになります。役割分担が決まっていないと対策の抜け・漏れの原因になり得ます。とくに自然災害による緊急事態時には停電などの影響で連絡がスムーズに取れないケースもあるため、事前に役割分担を決めておきましょう。

 役割として事前に決めておきたいのは

  • 復旧担当(施設や設備の被害状況を把握し、バックアップ体制を構築する)
  • 調整担当(取引先や協力会社などのステークホルダーとの連絡・調整を行う)
  • 資金調達担当(事業を復旧させるための資金調達や決済など財務面を担当する)
  • 社員対応(安否確認、参集管理などの情報共有、従業員の生活支援などを行う)

の4つの役割。緊急事態の際は強いリーダーシップが欠かせないため、経営者や役職者を筆頭とする指揮系統を構築しておきます。

>>決定事項を文書にまとめる

 BCP発動時の業務フローや事業継続のために必要な情報関係の帳票などを文書にまとめます。緊急事態発生からのフローに合わせて必要帳票を整理しておくと、慌ててしまう状況下でもスムーズに必要な情報にたどり着くことができます。またまとめた文書は従業員への共有・教育のベースとなるため、誰が読んでもわかりやすいことを意識することが重要です。

>>社内への共有と教育を徹底する

 BCPがいざというときにしっかり機能するには、従業員への周知徹底・教育・訓練が不可欠です。従業員にBCPを受け入れてもらうための防災に関するディスカッションや勉強会の開催、緊急時に役立つ知識やスキルを身につけられる応急救護講習の受講支援などを通して、自社にBCPを定着させる活動を考えましょう。

 BCPは一度つくって終わり、ではありません。前述した通り、実際の緊急事態発生時にBCPが適切に機能するように、定期的に見直しや改善を行う必要があります。

 見直しのベストタイミングは、防災訓練の後。実践的なシミュレーションを通して、自社に合わない点や不足している点などが浮き彫りになるためです。それ以外にも事業内容や業務プロセスが変化したとき、拠点を新設・移転するとき、人事・組織が改編されるときなども見直しに最適なタイミングだと言えるでしょう。

 さらにこれらの大きな変化がなくても、月に1度〜年に1度の頻度で定期的に見直しを行う運用がおすすめです。見直しは、人事異動や取引先の変化、法令の変化など環境の移り変わりに適応できているかがポイントになります。

 いつ発生するか予測できない緊急事態に備えるため、いざというときに慌てないようにPDCAを平常時から回しておくことが重要です。

万一の際に機能するBCP策定のポイントを前項の「BCPを作成する方法・手順」の中でご紹介しましたが、その中でも成功させるために欠かせないとくに重要な点を改めて3つ取り上げます。

 BCPは選定した中核事業のみに絞ること。策定の時点で適切に絞り込みができていないと、いざというときに少ないリソースを分散させてしまうことになり、結果的にどの事業も復旧・継続させられないという事態に陥ります。

 策定範囲を中核事業に絞ることは、収益の安定性と復旧のスピード・効率性の向上につながるのです。

 幅広いケースを想定し、従業員の具体的な行動マニュアルを作成しておくことも重要です。緊急事態が発生すると、誰しも冷静な判断ができなくなります。従業員同士の連絡が取りにくくなる、ものごとの優先順位をつけられなくなる、そして具体的にどう行動すれば良いかわからなくなるーーーこういった悪循環が経営判断の遅れにつながり、二次的な損害を生む可能性もあるためです。

 どれほど優れたBCPを策定しても、従業員がBCPを理解し実践できなければ意味がありません。そのためにも役職・部門に関わらずすべての関与者に情報が共有され、訓練の機会が与えられるような運営面の計画もBCPの一部に組み込むことが重要です。

 中小企業庁のホームページでBCP策定に役立つフォーマットやテンプレートが公開されています。自社でゼロから策定するのが難しい場合など、フォーマットやテンプレートを利用することでスムーズに進めることができるでしょう。

 中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」のダウンロードページはこちら→
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/bcpgl_download.html

 事業に影響を与えるような大きな自然災害は増加傾向にあり、さらにグローバル化が進む中でパンデミックやテロなどのリスクも上昇しています。自社の収益を守り、企業の社会的責任を果たすためにも緊急事態での事業継続を目指すBCP策定は急務です。いざというときの被害を抑え、自社の価値を社会に発信するためにも、BCP策定は経営戦略において欠かせない施策だと言えるでしょう。