首都圏
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歴史を歩く、坂道巡り
かつての情景を思い浮かべながら、
いつもの坂道を歩いてみませんか?
Vol.1ネッコ坂・羽沢坂・南郭坂・伊達坂

  • 1ネッコ坂(ネッコざか)
  • 2羽沢坂(はねざわざか)
  • 3南郭坂(なんかくざか)
  • 4伊達坂(だてざか)

1ネッコ坂(ネッコざか)

渋谷区神宮前5丁目

木の根っこのように曲がっていることから「ネッコ坂」と呼ばれる、延長約200mの坂です。『御府内場末其他往還沿革図書』の天保年度の図や、嘉永4年(1851)の『青山長者丸辺の図』にもこの名が見られることから、かなり古くから通じている道と思われ、旧鎌倉道の一部という説もあります。明治42年(1909)に代々木練兵場ができると、一日中兵隊達で混雑したそうです。

2羽沢坂(はねざわざか)

渋谷区広尾3丁目と港区南青山4丁目の間

元々このあたりは羽沢町の区域だったことからこの名がつきました。羽沢の地名は、建久2年(1191)、源頼朝の飼鶴此所が羽沢、鶴谷、渋谷にあり、その雛がはじめて羽ばたく所という意味で羽沢(はざわ)と呼ばれるようになったようです。

3南郭坂(なんかくざか)

渋谷区東2丁目と3丁目の間

江戸中期の儒学者・漢詩人、服部南郭の別邸前にあったことから南郭坂あるいは富士見坂と言われています。 天和3年(1683)に京都に生まれ、16歳の時に和歌と絵画をもって江戸の柳沢吉保に仕え、また、荻生徂徠の門人となって、古文辞学と詩を学びました。柳沢家を辞した34歳の時、この別邸にて塾を開き、後継者の育成に努めました。

4伊達坂(だてざか)

渋谷区恵比寿3丁目

この坂上に伊予宇和島藩伊達家の下屋敷があったことから、坂名がつきました。その前は長府藩毛利甲斐守綱元の拝領屋敷で、坪数約11,000坪もあったといいます。
明治22年(1889)から、伊達屋敷があった一帯が「伊達跡」、東側の地域が「伊達前」と称されていましたが、昭和3年(1928)に合併して伊達町(現恵比寿3丁目)となりました。

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