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高円寺の老舗銭湯「小杉湯」三代目当主・平松佑介さんが語る、まちに銭湯がある暮らし。

憧れのライフスタイルを送る話題の人に、暮らしと住まいのこだわりをお聞きする本企画。今回登場いただくのは、創業89年にものぼる高円寺の老舗銭湯「小杉湯」三代目当主・平松佑介さん。歴史ある銭湯ながら、これまでの銭湯の概念を覆すような新しい取り組みを多数行ってきた小杉湯。銭湯業界に新たな風を吹かせた平松さんに、銭湯のある暮らしの魅力や、高円寺という街がなぜ人を惹きつけるかなどについてお話をうかがいました。

小杉湯さんプロフィール
東京・高円寺にある昭和8年創業の老舗銭湯。
音楽、ファッション、サブカルチャーを中心とした多様な中央線カルチャーと、古き良き歴史が混在する高円寺の憩いの場として、多くの方から愛されている銭湯です。名物ミルク風呂、週替り・日替り風呂、水風呂があり、温冷交互浴は小杉湯の代名詞となっている。
<SNS情報>
小杉湯HP
小杉湯Twitter
小杉湯Instagram

銭湯は顔と顔との関係性が広がる場所

今回インタビューを実施した小杉湯の待合室はギャラリーも兼ねており、展示内容は月ごとに変わる。

多種多様な人たちが暮らし、それぞれが自分らしい生活を送る街・高円寺。そんな高円寺で長年愛される小杉湯で生まれ育った平松さんは、年齢も、肩書きも、名前すらも知らない大人たちと、銭湯を介してたくさん出会ってきたといいます。

「自分の住んでいる街に知っている顔がたくさんいると、その街に住んでいるという実感を持つことができて、心理的安全性が高まりますよね。銭湯に来れば、その『知っている顔』を増やすことができます。とはいえ、誰ともそこまで深い付き合いがあるわけじゃない。人と人との関係性の、もうちょっと手前。“顔と顔との関係性”とでもいいますか。それは、生活を送る上でとてもちょうどいい距離感なんです」

高円寺に住む人々の“ケの日のハレ”でありたい

大浴場は広々としており、壁面には美しい富士山が描かれている。

不動産会社勤務やベンチャー企業の創業を経て、36歳で小杉湯を継いだ平松さん。そこから高円寺における「顔と顔との関係性」の分母が一気に広がり、街の人に対する解像度も各段に上がったそう。

「銭湯は住民の日常に根差していて、全時間帯に需要があります。開店と同時に来るおじいちゃん、おばあちゃんや、夕方頃に仕事終わりで来る人、23時くらいに自分の店を閉めてから来る商店街の人。夜勤の人が仕事前にやってきて『いってらっしゃい』と送り出すこともあります。人それぞれの暮らしがあって、人それぞれの銭湯との時間があるんです。お客さんにとって、小杉湯との時間が日常の中の小さな幸せ……“ケの日のハレ”になれたらと思っています」

日常ではなかなか出会えない商品を買えるのも、小杉湯の“ケの日のハレ”。
特にクラフトコーラへのこだわりは強く、平松さんは「日本一仕入れているかもしれない」と笑う。

普段どおりの生活(ケの日)の中の、特別な時間(ハレの日)を「ケの日のハレ」と称する平松さん。高円寺も、そんな「ケの日のハレ」にあふれた街のようです。

「高円寺は、整備された大きな道がないので車だと動きづらいし、人が多いので自転車も難しい。のんびりと歩きで移動するのが最も適していると思います。僕は長年高円寺に住んでいますが、久々に街を探索してみると毎回のように新しいお店を発見できます。そして高円寺は、半径1kmの中で何でもできるのが魅力。小さくても、動的に進化を続ける面白い街です」

自分事化することで愛着が沸く

今までも、これからも、高円寺の街とともにあり続ける小杉湯。

決して大きくないからこそ、暮らしやすく、自然と愛着が沸いてくる街・高円寺。平松さんは、高円寺が多くの人を引き寄せる理由について次のように語ります。

「高円寺に住む人の多くは、高円寺を“自分の街”だと思っている。だから、外の人を積極的呼び、街を案内したがるんです。点と点があり、それが街の中で繋がって線になり、高円寺という街の面を形作っているように感じます」

脱衣所には、高円寺に住む人たちが気軽に投稿できる「おなやみ掲示板」が。
何気ない相談にいくつもの声が集まっており、高円寺への愛を感じさせる。「高円寺、よい街ですよ」

街全体を自分事化することで、より一層、高円寺を好きになれる。それは高円寺の中の、小杉湯でも同じ。小杉湯で行われるユニークで目新しい施策の数々は、平松さん自らが考案するよりも、スタッフやお客さんから持ち込まれたものが多いといいます。

「小杉湯のお客さんが小杉湯で企画をやることにより、客体から主体にまわるじゃないですか。そうして小杉湯を自分事化し、もっと愛着を持ってくれるようになる。主体側で関わってくれる人を増やすのは、小杉湯の発展においてすごく大切だと思っています」

大浴場には至るところに宣伝のポスターが貼られている。スマホを持ち込めない空間だから、より多くの人の目に留まるという。

「また、銭湯はセルフサービスの部分も大きく、お客さんがコップを洗ったり床を拭いたりしてくれる。企画の持ち込みまでいかずとも、十分に主体側への関わりになっているんですよね。銭湯って、言わばシェアリング・エコノミーなので。周囲のお手本となってくれるようなお客さんがいるおかげで成り立っているところもありますから」

50年先も100年先も小杉湯を続けていくために

番台に座るのは平松さんの父・平松茂さん。この場所から何十年も高円寺の街を見守り続けている。

長年多くの人から愛されてきた小杉湯も、新型コロナによる打撃を免れることはできませんでした。銭湯には都からの休業要請が出されなかったものの、「本当に必要な人だけ来てください」というメッセージを出した結果、4割ものお客さんが減少。それでも平松さんは、「むしろ、生活の中で小杉湯を必要としているお客さんが6割もいるということは、大きな発見でした」と前向きに捉えていたそうです。

「僕は今まで『小杉湯に救われた』と言う人たちにたくさん出会ってきましたし、現に6割もの人が小杉湯を必要としている。でも正直な話、入浴料だけで銭湯を運営していくのはかなり厳しいんです。僕は小杉湯を50年先も100年先も続けていきたいけれど、コロナに直面して『今のままだと無理だな』と改めて思い知らされました。今の社会にとって必要で、これからもきっと大切な場所であり続ける銭湯を守るため、経営に対して危機感と覚悟を持つことができました」

銭湯のある暮らしを守るため、さまざまなチャレンジを続ける平松さん。

これからは街全体を自分の家に

関東大震災の復興で昭和8年に建てられた小杉湯。「東京型銭湯」という、まるで神社仏閣のような構造が特徴的。

高円寺で89年間親しまれてきた小杉湯。今では、高円寺の顔と言っても過言ではありません。平松さんはこれからの小杉湯について、高円寺の街づくりの視点を交えながら語ってくれました。

高円寺の銭湯付きコワーキングスペースをうたう「小杉湯となり」。ここを運営する株式会社銭湯ぐらしは、小杉湯のファンが集まってできた会社だという。

「今の時代、自宅にすべてを所有する暮らしが合わなくなってきているように思います。たとえば、リモートワークにより書斎が必要になっても『小杉湯となり』(小杉湯の隣にある会員制シェアスペース)のようなコワーキングスペースが借りられる。さらに、小杉湯を利用すれば浴槽なしのアパートに住むことも視野に入れられますよね。要するに、小杉湯となりを『まちの書斎』、小杉湯を『まちのお風呂』として使えば、必ずしも広い新築に住む必要がなくなります。これからは街全体を自分の家として捉え、漠然とした孤独感から抜け出せるような街づくりが求められるのではないでしょうか。そのためには、銭湯も商店街の店も越境して、街全体で価値を作っていくことが大事になります」

高円寺の街全体を“家”と見立てたエリアリノベーションを、着々と進めている平松さん。その構想は、社会問題となっている現代の子育てや福祉にも繋がっていきます。

小杉湯は、まちのお風呂であり、学童であり、神社のような場所でもある。

「高円寺という街の中で『こうやって子育てができるんだ』とか『こういう老後の過ごし方があるんだ』という、目に見える風景を作っていきたいです。実際、子育てに関しては小杉湯の中で少しずつ形になっていると思います。以前、ずっと関わってくれているメンバーに子どもが生まれたのですが、小杉湯の常連さんが子どもをお風呂に入れてくれたり、『小杉湯となり』に子どもを預けたりしていて。こんなふうに、街全体で学童や介護施設のような役割を担い、少しでも子育てや老後の不安を軽減できたらと考えています」

(写真:三浦えり/取材・文:渡辺ありさ)

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